天気も快晴で、見事に紅葉していました。見たことのない山野草も数多くありました。
標高679メートルのこの山は、頂上に近づくにつれて足音がポンポンと響くことから地元ではポンポン山と呼ばれています。正しくはかもせ山というそうです。
学生の頃、6年間トレイルランニング(山走り)をこの山で続けていたので、頂上へは700回以上は登っています。ほんとうに大好きな山です。
3歳の息子は松ぼっくりや赤い実採集に熱中していました。
私は論理というものが苦手で、身のまわりの世界を自分自身に説明しなければならな い理由がわからないのです。実用的な言語は暗喩と比較すれば頼りないものです。日々親しんでいる日常の細々とした出来事を、首尾が一貫して調和のとれた手段で数えていけば、それはとりもなおさず暗喩、すなわちメタファーに形をかえるのです。
「話の話―ロシア・アニメーションの巨匠 ノルシュテイン&ヤールブソワ」展覧会図録2010より
詩は裸身にて論理の至り得ぬ/堺を探り来る/そのこと決死のわざなりを連想させます。
イデオロギー下に詩をなすは/直観粗雑の論理に/屈したるなり